Vol.23 法起寺、菜の花の思い
04.3.5訪問/3.10掲載
 今年1月、奈良で庭園をテーマにした国際シンポジウムが開かれ、司会をしました。世界遺産のヴェルサイユ宮殿(フランス)やヴェルリッツ庭園(ドイツ)などが紹介される中、私の心に残ったのは、大和郡山市にある慈光院というお寺でした。「美しい借景が失われた」。研究者たちの言葉が、ずっとひっかかっていました。

 新緑が生い茂る門をくぐると、静寂の中で満開の白梅と紅梅が出迎えてくれました。茅葺屋根の立派な建物は格調高く、襟を正して中へ入りました。まっすぐ奥の広間へ。すると、開け放たれた扉から、眼下に広がる奈良盆地のパノラマが目に飛び込んできました。「わー素敵!」と言いたいところですが、その景色は期待はずれ。目立っていたのは、景観とは不似合いのスーパーの看板やゴルフ練習場でした。シンポジウムで言っていたのはこのことだったのです。
 参拝料1000円に含まれるお茶とお菓子を頂きながら、無秩序に進められてきた日本の街づくりを、心から残念に思いました。と同時に、この借景は、日本人の心を映し出す鏡のような気がしました。今後ますます壊れていくのか、美しい姿を取り戻すのかは、私たち次第なのだと……。数十年後、またここに訪れたいと思いました。


 気を取り直して、お隣の斑鳩町にある、法起寺を訪れました。ここは聖徳太子が建立したお寺で、最大最古の三重塔(国宝)がシンボルです。五重塔ほどの華やかさはありませんが、なだらかに横に広がった屋根は優しく女性的で、美しいバランスです。手前の池に影が映りこみ、心憎い演出がされていました。
 法起寺の周辺には一面に畑が広がり、菜の花が風に揺れています。とその時、私が求めていたのは、この安らぎなのだと分かりました。こののどかさが、いつまでも続きますようにと、菜の花の向こうにそびえる三重塔に願いを込めました。
写真(上から)慈光院の書院/法起寺とみとー/菜の花と法起寺